第4回ペガサスカップ練成大会のCATVオンエア

2007年3月11日(日)に熊本県和水町体育館で開催された極真館本部直轄熊本菊水道場主催「第4回ペガサスカップ練成大会」がCATVでオンエアされました。CATVとはケーブルテレビのことで、熊本だと「JCN熊本」になります。

1時間30分の番組で、幼年部、少年部(女子含む)、壮年部、一般部のハイライトや決勝戦の模様がオンエアされました。井上道場も「大会結果ページ」の通り、参加した道場生が多数入賞しているので、真剣な試合の様子がオンエアされました。

オンエアはCATVだけに1回ではなく、4回ありましたが地上波と違いケーブルテレビなので、JCN熊本の契約者以外は見れなかったと思います。

そこで、少しばかりレビューを。オンエアされた全試合は無理なので井上道場生を中心としたレビューになります。

大会主催の極真館本部直轄熊本菊水道場の責任者は木下雄一朗先生。小学校六年生から空手を始めましたが、当時は可愛い少年部の子どもでした。主審している姿をみて「おおう!小さなマーク・ハントになってる!」と春の日差しに似た心地よい気持ちになりつつ、井上雄一朗と同じ「雄一朗」という名前で、当時道場で「ゆういちろう!」と呼ぶと二人とも振り返っていたなぁと往時を懐かしんだりしました。

閑話休題。
冒頭で出場選手のアップしている様子が流れますが、井上道場生は基本やってますね。この時間には、井上雄一朗も会場に到着していないので「あれ?基本やってる」と驚いていました。
光と絵夢が画面にドアップ。

試合は幼年年中の部決勝戦から始まります。延長戦でも決着付かず体重判定で猿渡きなり選手(誠武館)が優勝。女の子です。

幼年年長の部決勝は、満潮翔太君(井上道場)が登場です。対戦相手は秋岡塾の陶山選手。黄帯の選手なので上手いです。翔太頑張るんですが、経験の差で負けます。途中で「泣くなぁ!」と一喝する声が響きます。テレビでもはっきりわかります。

小学1年女子の部決勝は宮崎亜衣莉選手(井上道場)と甲斐二千乃選手(心眼塾)の対戦です。亜衣莉は闘争本能の塊ですね。色帯相手にガンガン攻めます。相手が倒れても攻めます。結局、上段前蹴りで技ありを奪われ敗退しますが、よく頑張りました。

小学2年女子の部決勝は清水茜選手(岩見道場)と甲斐海帆選手(心眼塾)の対戦です。凄い試合でしたね。体格で劣る甲斐選手が左中段突き一発でKOします。レバーブローがガツンと入ります。よく見ると、その前から膝蹴りをコツコツ効かせていています。上手い戦い方ですね。あのタイミングでのレバー打ちは、一般部でも効かされる技なので見事な一本です。清水選手も右の蹴りがいいのですが、間合いを詰められて有効打が殺されちゃった感じでした。

小学3・4年女子の部決勝は高廣光選手(井上道場)と宮崎由莉奈選手(井上道場)の同門対決です。由莉奈がその身体能力を発揮して圧倒的に勝ったのかと思っていたのですが、最終的には体重判定で勝利した試合だったんですね。光は惜しかったですね。いい蹴りがヒュンヒュンと由莉奈の顔面を掠るのですが、浅いので有効打にならない。光はリーチが長いので有利なのですが、井上雄一朗曰く、まだ軸がぶれるの言葉通り体を生かし切っていないので体格に劣る由莉奈が凌いだ試合でした。基本や移動の稽古で軸が安定すれば長い手足を使った技が出てくるでしょう。これからですね。いい試合でした。

第4回ペガサスカップ光対由莉奈
©JCN熊本
この画像の著作権はJCN熊本が有しています。この記事においては、著作権法第三十二条を遵守し、公正な慣行に合致し、且つ報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内でのみ利用させて頂いています。

小学6年女子の部決勝は、小学生とは思えない体格で驚きました。ランドセル背負っているのか疑問に思うくらいの長身選手同士の対戦でした。

中学1年の部準決勝は山門鋼司選手(拳希会)と上村隼介選手(井上道場)の対戦です。隼介登場ですね。急激に体が成長したので帯が短いのはお約束。体を使った重い突きと蹴りで本戦で勝利、決勝戦に駒を進めます。

同じく中学1年の部準決勝は福島将人選手(井上道場)と桃井章太選手(士学館)の対戦です。福島選手が勝てば、決勝は井上道場の同門対決でしたが、延長戦で失速し桃井選手が勝利します。決勝は上村選手と桃井選手になりました。

中学1年の部決勝、桃井章太選手(士学館)と上村隼介選手(井上道場)の対戦です。体格にまさる上村選手が重い突きと蹴りで試合をリードします。左中段廻し蹴り(左ミドル)と右下段廻し蹴り(右ロー)のコンビネーションに突きをからめて攻めます。左中段がレバーに数発入り桃井選手のボディが効いてきます。この攻撃で技ありを奪い上村選手の優勝です。

高校軽量の部準決勝、奥田哲平選手(井上道場)と有富雄平選手(極真館山鹿)の対戦です。試合開始早々、哲平の右上段廻し蹴り(右ハイ)が決まります。技ありです。が、その後怒濤の攻めを有富選手からくらいます。最後までその猛攻を凌いだ哲平の勝利。独特の間合いからの伸びる上段廻し蹴りで、なぜか相手に当たるという「哲平蹴り」での勝利でした。技ありがなければ有富選手にも勝機があった試合でした。

高校軽量の部決勝は、奥田哲平選手(井上道場)と西山秀孝選手(誠武館)の対戦です。開始早々、哲平が猛攻をしかけます。哲平蹴りも相手の顔面を捉えますが技が浅く技ありにはなりません。前半猛攻でしたが後半失速して判定で西山選手の勝利。

壮年の部決勝は、飯干隆行選手(闘気塾)と津江悟選手(井上道場)の対戦です。飯干選手は茶帯、津江選手は白帯で体格も違うので津江選手善戦むなしく敗退です。無差別はしんどいですね。

一般の部準決勝、西坂剛選手(岩見道場)と酒井克修選手(井上道場)の対戦です。近い間合いではショートの突きと膝蹴り、離れた間合いからは左中段廻し蹴り(左ミドル)のコンビネーションで酒井選手の勝利。

一般の部決勝、栗戸直久選手(極真館菊水)と酒井克修選手(井上道場)の対戦です。開始早々から酒井選手の左右膝蹴りの連打、左ボディに的を絞った攻撃です。左中段廻し蹴り(左ミドル)で技ありを奪い、そのあと右中段突きで続けて技ありを奪い併せて一本。酒井選手の優勝です。

ペガサスカップは、その大会名の通り「練成大会」で初級、中級者レベルの大会です。幼年部から壮年部まで日頃の鍛錬の成果を試す大会でもあり、その名に恥じない大会でした。と、CATVオンエアを見た感想を書いてみる。

以前は、こういう初級、中級者が出場する大会というのはありませんでした。上級者が出場する大会のみで、そういう意味では空手道の鍛錬の成果を試す場としての各レベルに応じた大会が開催される現在は恵まれていると思います。

熊本県に特化すると、おそらく、そういう各レベルの交流試合的なものが始まったのは1985年です。まず中学生の新人戦というものがありました。それから帯別のトーナメントが始まりました。当時は多くの道場生が県下にいたので二日くらいかけて試合をやっていました。その一番最初の帯別トーナメントの映像も記録としてあります。その後、年に一回か二回のペースで行われていたと記憶するのですが、井上雄一朗が緑帯くらいで出場した試合の映像も残っています。

1985年当時で茶帯だった道場生は出場経験がありません。茶帯の部は最初は開催されていませんから。その後、茶帯も増えたので出場しているのですが、まぁ、熊本県に特化した歴史をひもとくと、そういう時代であったということです。

熊本県のフルコンタクト空手の大会(試合)については、さらに歴史があるのですが、その話は別の機会にでも書いてみようかと思います。

ちなみに、このペガサスカップ主催の極真館本部直轄熊本菊水道場責任者である木下雄一朗先生が初めて試合に出場したのは熊本県の試合ではありません。大分で開催された試合です。当時小学六年生で青帯でした。映像はないのですが、画像があったので記念に貼り付けておきます。

木下雄一朗試合初出場時

これは試合が終わってから記念撮影したものの一部です。井上雄一朗も応援に行っているので左側に写っているのですが、なぜか一緒に写っている後輩に後蹴りをしていて顔は写っていません。木下雄一朗先生の左肩に手をかけているのは、極真熊本糸永道場指導員時代に香港チャンピオンになった山浦淳仁君です。顔が強烈なので木下雄一朗先生だけの画像にしています。

井上雄一朗と一緒に写っている画像もあるので、これもせっかくなので貼り付けておきます。

井上雄一朗と木下雄一朗

撮影場所は、今は無き熊本水前寺体育館です。わからないと思いますが、右側に写っているのが井上雄一朗です。若い!当時高校三年生でしょうか。
二人の先輩の昇段審査時ですね。

橋の下をいくつもの水が流れ現在に至るわけですが、当時を知るものとしては、この二人がそれぞれに指導する立場になり、当時の自分を思い出し創意工夫しながら後輩を育てていることを思うと、継続は力であると切に思うのであります。

大会や試合というのは、表現のひとつであり全てではありません。勝負というのは、実力や努力に関係ない「運」というものも要素にあります。しかしながら、流した汗は嘘をつきません。努力は報われないこともありますが、自分が流した汗は嘘をつきません。自分自身に嘘をつかないということです。

なので、ペガサスカップに出場した道場生も、これから別の大会に出場しようとしている道場生も自分の為に頑張って下さい。二人の雄一朗は、頑張っていました。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*