12月11日は水曜日で、戸島教室と月出道場の練習日でした。
今年もあと半月になりました。たぶん、きっと、いや絶対、ボォーっとしていると来年になっています。
でも年末は色々と忙しいので、ボォーっとしていることはないと思うのですが、忙しさから、ふと開放された時、気がつくと、来年になっていた、なはず。
年が明けると、すぐに1月は終わり2月が来て、もう3月かと思う頃は新年度。すなわち、春。
そんなこんなで、
戸島教室ネタです。
準備運動から練習は始まりますが、センターは、もちろん、この日もゲンセイです。
先週の方がスムースに準備運動できていた、というのは内緒(笑)
とにもかくにも、練習開始です。
準備運動のあとは、基本稽古と呼ばれる基礎動作練習になります。
動かず、その場で技を出す「その場基本」というやつ。
戸島教室なので、この基礎練習は念入りに行うわけで、この日は、号令で流さず、ひとつひとつ、念入りに指導しつつの基礎練習でした。
そもそも、
基本稽古(基礎練習)とは何か?
握り拳を「正拳」と呼ぶのはなぜか?
ということを語り出せば、これは空手の歴史を語ることになるのですが、
この記事では、
な~んにも関係ないので語りません(笑)
少し語ると、
もともとですね、「正拳」とか「裏拳」とか、空手で使用する手の形や部位のことなんですが、そういう名称ってなかったんです。
空手は沖縄から本土に伝わってきましたが、本土で発展する礎を築いたのは当時の大学生。
戦前のことですから、当時の大学生は優秀な人ばかり。
昔の空手ってのは、型ありきで、先生が教え、生徒が先生の目の前で動き、そこを手直しされて、あとは単独練習。その他に、体を鍛える練習をしたりするわけですが、型とは動作なので、今で言う「正拳」とかは「握り拳(にぎりこぶし)」とか「拳骨(げんこつ」とか、そう呼ばれていました。
本土に入ってきて、不特定多数が修行する際に、みんなが理解する共通の名称、言語が必要になり、一連の流れな動きを切り出し(これが基本稽古の単独の技)、体の部位に、修行者誰もが理解できる名称をつけたわけです。
これまで「拳骨」とか「握り拳」と言われていたものに「正拳」と名付けたり。
当てる箇所が違う場合に「裏拳」と名付けたり。
そういう歴史的経緯が近代空手にはあって、ほんと、語り出すと長くなります(笑)
部位の名称で各流会派で同じだったり違ったりしますが、部位の名称で、その流派なり会派のルーツがある程度予測できるのは、こういう経緯があるからだったりもします。
中には、言い間違えたものが、そのまま正式名称として伝わってしまった、と思わしき例もあったりするから困る。
そして、
やはり、
この記事には、な~んも関係ないので、ここで語るの終わります(笑)
デ、
基本稽古、基礎練習で行う各技をひとつひとつ、念入りに指導するこの日の戸島教室。
物事全て、基本が大事。
もう亡くなりましたが、アンディ・フグって選手がいましたね。
わたしが最初見た時(アンディ空手家時代)、帯には「ハグ・アンドレアス」って書いてありましたけど。
英語読みとかドイツ語読みとかで同じ綴りでも読み方変わったりするのでそうなのかなぁとか当時は思わなかった。
そのアンディ、プロになってからでも、動きとかに迷いやしっくりこない時など、空手の基本に戻って動きをチェックしていたそうです。そういうインタビュー記事を読んだことあります。
そして、
なんで他の選手は基本を疎かにするんだろう?
というアンディの疑問もありました。
彼はプロの世界に行きましたが、死ぬまで空手家だったんですねぇ。
そんなことはどうでもよくて、
ではなく、「基本が大事」という例を、今は亡きアンディのインタビューから書いてみました。
んで、
戸島教室の道場生は別にプロを目指しているわけではないのですが、基本さえしっかりしていれば、この先、別の競技なりスポーツをやっても、空手の基本動作というのは実によく出来ていて、応用も色々できるので、みっちりと練習するわけです。
そんなこの日の戸島教室を見てみる。
マ、
センターのジュンヤが一番直すとこ多かったというのは内緒ではありません。
そして、基礎練習終了。
最後は、きっちりと補強です。
この日は、スタビライゼーション。
そんな、
空手で一番大事な基礎練習をみっちりやった戸島教室でした。
ってなことで。