モノクロ!の巻

モノクロ今週は風邪を引いていたのでネタがありません。病院のお薬ってのは、市販品よりも強いのでよく効きますね。もうすっかり元気です。

別に練習にいってもよかったのですが、クリスマスカップ前なので、移すと大変なので寝込んでいました。

そんなことはどうでもよくて、先週行われた紅拳士にハリウッドスターが出場しましたが、ユウスケはビデオカメラを持って応援に行きました。そのビデオを見ました。

モノクロでした(笑)

モノクロ(白黒)つうか、ナイトビジョンのような色彩。

ナイトビジョンって「暗視装置」の意味で使ってます。よく国際ニュースなどで、中東のアメリカ軍が夜間活動する時にヘルメットの上から暗視ゴーグル付けてますよね。

赤外線の投光装置及び受像装置や光増幅管装置を用いることにより、夜間や暗所でも視界を確保するための装置。

それで見たような感じに似てる。

暗視ゴーグルって、今、第何世代なんでしょうか?

古い世代のやつとかは、けっこう米軍放出品とかで手に入るんですよね。

一時期は、そのあたりも詳しかったのですが、もうさっぱりわかりません。

もともと軍事技術で、それが民生化されてビデオカメラの夜間撮影モードとかに利用されていたりしますね。

今使っている技術って、もうほとんど軍事技術の民生化ですよ。

インターネットもそうだし。もともと核戦争に備えて、一箇所にシステムを置くのではなく分散しておくのから始まってるし。1960年代初頭だったような気がします。

今では車に普通に装備されていたりするGPSもそう。

携帯電話もそうだし。まぁ無線自体が歴史的にそうだし。昔は有線。電信ですね。

ちなみに、黒船で有名なペリー提督が日本(当時は徳川幕府)に電信機を献上しています。安政元年だったそうです。西暦だと1853年。

んで、時の第13代将軍徳川家定の前で実験しています。

この実験を担当したのが、あの「勝海舟」です。

そういう意味では、日本初の電信オペレーターは勝海舟(笑)

それから16年後の明治2年(西暦1869年)、東京~横浜間の電信架設が始まります。これが国内での実用化の始まりです。

さらに、その8年後。明治10年(西暦1877年)、日本最後の内戦「西南戦争(西南の役)」が起こります。熊本には激戦地ありますね。

田原坂。

この西南戦争で、官軍の方だったかなぁ、「通信掛」が大活躍。

さらにさらに、その8年後。明治18年(西暦1885年)、日本で無線通信の実験が始まります。

20世紀になり、日露戦争があり、日本海海戦では信濃丸がバルチック艦隊発見の打電をしますね。

「敵艦見ユ」

の第一報で、

「敵艦203地点ニ見ユ0445」

んで、連合艦隊全艦艇に出撃が下令されて、連合艦隊は大本営に向けて超有名な打電をする。

「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」

以上、余談。

あ、余談の余談をひとつ。

日露戦争時の連合艦隊司令長官は、ご存じ東郷平八郎(当時海軍大将のち元帥)。

連合艦隊ってのは、有事編成の艦隊なので、つまり戦争時だけの艦隊なので、戦後に解散しています。このあたりは詳しく書けるけど割愛。

その解散式で東郷平八郎が読み上げた訓示が「連合艦隊解散之辞」。

名文の誉れ高い有名な訓示なのですが、これの結びの一文がいいんですよ。

長々と海軍軍人の心得等がある訓示なのですが、最後はこう結ばれています。

「古人曰ク勝ツテ兜ノ緒ヲ締メヨト」

うむ、空手のサイトにふさわしいですナ。

起草したのは、秋山真之らしいですよ。

大本営への電文に「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」って付け加えたって言われている参謀。

ドラマじゃモックンがやってますね(笑)

以上、余談の余談。

デ、

あれ?

なんの話だっけ?

そうそう、モノクロな映像だった紅拳士の映像。

ビデオ機器の設定ミス?

こんな感じなんですよね。

こんな感じでモノクロ

ナイトモードというか、赤外線モードで撮影したみたい(笑)

ちなみに、

鹿児島の松元先生とリョウヘイへいへ~い♪にリョウヘイへいへ~い♪パパ、それに私も映っていたりします。

あ、リョウヘイ切れてる!

あ、リョウヘイ切れてたわ(笑)

でも、なんか、こんな色彩で見るハリウッドウスターの試合は斬新で、ハリウッドスターの動きにだけ集中できたので、これはこれでいいかも。

井上雄一朗と見ましたが、めっちゃダメ出ししてた(笑)

ってなことで。


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